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2020/07/26

日本の”水際対策” 体験談?! 2020年6-7月(2020年8月 追記あり)

***** 追記です!(2020年8月28日) *****

帰国者の皆様、朗報です?!

関西空港の水際対策は2020年8月1日より

唾液採取による抗原定量検査になったそうです!

それにより、待ち時間は2時間程度になったそう。

(空港の混雑具合により3時間程度になる場合もあり)

私の知人が8月末に オランダから関西空港へ

KLMで帰国した際も、

到着から約1時間後には検査は終了し 結果待ちに。

到着から2時間半程で 結果も出て 解放されたそうです!

(もちろん知人も無事 陰性!)

入国して14日間、公共交通機関を利用できない点は

これまでと同じですが、

このシステムなら 比較的スムーズでストレスも少なく、

帰国しやすくなりましたよね。

***** 追記、ここまで *****

 

オランダを出発して1か月、

日本の水際対策による ホテル滞在2週間、

その後 実家で2週間が過ぎました。

オランダでのロックダウンの日々は、

恐怖や不安、ストレスがあったものの、

”オランダ”という船に乗り、

身を任せる覚悟で過ごしました。

あの日々に 窓から眺めていた青空が 心の支えでした。

梅雨の日本に帰国して、連日の 雨のせいでしょうか・・・。

今 過ごしている 日本の ”with コロナ” の世界に感じる不安は

あの頃以上のものとなっています。

オランダの空が恋しいです・・・。

 

今回ブログは 1か月前(6月後半)、

オランダから関西空港へ帰国した日の

日本で待っていた水際対策の経験談です。

Air20200605

状況は日々変化していると思いますので、参考までに。

ご帰国される際には最新情報を確認してください。

 

6月後半、まさに3カ月以上ぶりの社会?!

大緊張の中、

アムステルダムのトラムやバスに乗り、
(利用者は断然少ない・・・)

スキポール空港へ向かいました。

オランダは 2020年6月1日から、

公共交通機関はマスク着用が義務になりましたので、

もちろん私もマスク着用です。

空港には マスク・消毒液の自動販売機が登場(下写真参照)!!

Air20200601
上写真左:空港にあったマスクと消毒液の自販機
上写真右上段:スキポール出発スケジュール、
上写真右下段:スキポール到着スケジュール、
コロナ前は 数分おきに離発着していたスキポール空港も
両手で数えられる程?しか飛んでない状態でした!

オランダに住んで約20年、

これまで一度も(工事用のマスク以外)マスクを

販売しているところを見たことがありませんでしたが、

今や どこでも買える?!

どちらかというと オランダでは、

デザインのあるものの・色・柄マスクがの方が

どこにでも(マーケット・お土産屋さん・洋服屋さんなど)売られ、

”マスク嫌い”なオランダ人達も

ファッションとしてのマスクを (仕方なしに?)受け入れつつあります。

 

私が利用した頃は、

欧州内の飛行機が飛び始め、人も動き始めた頃でしたが、

スキポール空港は まだ人も少なく、飛行機の発着も少ない、

かなり寂しい状況でした(上・下写真参照)。

Air20200602
上写真左:到着スケジュール、上写真右は出発スケジュール

空港内のカフェやレストランの多くは休業中でした。(私が出発した6月後半時点)

Air20200603

 

私が乗った飛行機KLMは、

企業の方達のグループがいたためか、

思っていたよりも乗客が多かった印象です。

とはいえ、機内前方のエコノミーコンフォート席エリアには数人、

エコノミー席は3人・4人席に1人ずつ・・・くらい。

Air20200604
上写真:KLM機内エコノミーコンフォート席

密封されている機内ですが、

各航空会社は、機内は空気が3分で入れ替わる、

手術室と同レベルのフィルターを使用している等の情報を出しているので、

安心して乗ることができました。(信じるしかない・・・)

感染対策の為、機内のサービスは簡素化されていました。

1回目の食事のサービスはありましたが、

食事の後のドリンクサービスはありませんでした。

到着前のお食事サービスもありませんでした。

そのかわり?

簡単なスナックいくつかと お水とミカン2個が入れられたパッケージと

サンドウィッチのパッケージが、

飛行機に乗った時 すでに 席に配布されていました。

機内は 会話をする人もおらず、ずっと静かでした。

私はお手洗いから戻った時や定期的に 

マスクを何度か取り替えて静かに過ごしました。

機内はマスク必須です。

飛行機は予定通り約11時間で関西空港へ到着しました。

さあいよいよ最難関の日本の水際対策が待ち受けています。

 

どちらかというと、

空港での人との接触、検査時の接触の方が

感染する機会がありそうで 心配でした。

 

飛行機到着。(10時45分頃)

到着すると、検疫官(たぶん)が機内にやってきて、

今後の説明がありました。

しばらく機内で待機し、3-4つのグループに分けられ

飛行機を降りました。

最初のグループは、お子さんを連れていらっしゃる方々のグループ。

2番目のグループは、自宅へ帰る人、お迎えが待っている人達など。

3番目のグループは、ホテル宿泊、レンターカーの人など。

4番目のグループは、会社関係
(外国人の企業の方達が結構いた、トランジットだろうか、特別のお仕事の方達だろうか・・・?)。

私は3番目のグループで飛行機を降りました。(11時10分頃)

そのグループには約15人ほどいたと思います。

半年以上ぶりの日本の地、日本の空気です。

係りの人に続いて、空港内を歩きました。

普段は出発する多くの人達が出発ロビーに溢れていますが、

空港には到着した飛行機の私達しかいないような状況です。

検疫官のお話では私達の飛行機の前に、

同じようなタイミングでもう一機到着していたとのこと(たぶんアジア方面から)。

Air20200606covid19 いつもはウイングシャトルで移動する空港内を しばらく歩き、

狭い廊下のような通路へ(左写真)。

通路の両端に 間隔を開けて並べられた椅子に

順番に座り しばらく待ちました。(11時15分頃)

前方には私達の前に飛行機を降りた人達も

座っているようでした。

椅子の座り 静かに約1時間ほど待つと 

前方の方に検疫官と思われる人達が見えました。

検疫官が数人で対応しているようです。

前方の方から 一人一人の検温をし、

機内で記入していた書類の確認をしながら

検疫官は 近づいてきて・・・

私の番に。(12時20分頃)

検温と 口頭での確認、書類の確認などがありました。

その後も しばらくその椅子に座ったまま待ち・・・。

前方からさらに少人数のグループで 椅子を立ち、

移動を始めているのが見えました。

そして私の前後5人がグループとなって、

検疫官の後について移動しました。(12時45分頃)

 

移動した先でも再び書類のチェックがあり、

いよいよPCR検査です!

一人ずつが小さな部屋に通されPCR検査が行われました。(12時55分頃)

鼻から綿棒のようなものを入れる方法の検査です。

”わさびがツンとする感覚です・・・”という説明でした。

痛いわけでもなく、痛くないわけでもなく、

ちょっと違和感を感じるといった感じでしょうか。

検査は簡単に終わり、

マスクを新しいものに取り換えてくれて、

少し広いところで 再び待ちました。

飛行機を降りた時のグループでしょうか、

約15人ほどの検査が終了し 集まった時点で、

検疫官に誘導され、一緒に移動しました。

この後、検査の結果が出るまで ずっと一緒だった人達です。

 

いよいよパスポートチェックへ(13時30頃)。

パスポートチェックの後は、

飛行機に預けていたスーツケース受取り(13時40分頃)。

検査後、名前を再確認されて 入国手続き⇒荷物受取りだったので、

ちゃんと少人数のグループの荷物を ベルトに流すようにしてるのかな。

そして通関を通り、無事? 一連の入国のための行事が終わりました!

 

さらに 検疫官に誘導され、

同じ15人ほどのグループで空港内を移動しました。

それぞれ 荷物のカートを押しながら、

数人ずつエレベーターに乗り2Fへ。

(エレベーターには抵抗がありましたが、
カートがあると2人くらいしか乗れないので密にはならない?)、

空港内のコンビニへ寄り、軽食や飲み物を買っても良いとのこと?!

”まだ検査結果が出てないのに、いいのかな~”と思いながら、

お茶やサンドイッチやヨーグルトを買いました。

そしてまたエレベーターに乗って移動。

普段は一般人は入れない場所と思われる

国際線ロビーのフロアの 端っこの、さらに外の?

「会議室」と書かれたお部屋へ移動。(14時5分頃)

長テーブルと椅子が並べられ、まさに会議室のようなお部屋でした。

私を含めグループの人達は 各々バラバラに席につきました。

やっとたどり着いた日本、

安堵感と疲労感が混ざった気分でした。

この時、スキポール空港を出発してから

15時間程 経っていました。

 

PCR検査後、結果が出るまで 約5時間と聞きました。
(検査結果までの時間は その日の状況により異なるとのこと)

会議室での長い待ち時間の始まりです。

移動途中にコンビニで買った軽食を食べ、

タブレットでインターネットしたり、ぼーっとしたり。

早速 時差ボケも始まり、眠気も襲ってきました。

会議室は建物の屋上?テラス?のようなところにあり、

外に出ることも できたので、

外の空気を吸いにテラスへ出たり、また室内に戻りウトウトしたり。

待っている間に 同じグループにいた数人の方と 少しだけお話をしました。

お一人は スペインからオランダ経由での帰国、

もうお一人は ベルギーからオランダ経由での帰国とのことでした。

(6月15日からEU域内の移動が解禁された)

中には日本人の奥さんがいらっしゃるという外国人男性の方も。

みんな 帰国のタイミングを待っていたんでしょうね。

・・・とにかく、長くしんどい 待ち時間でした。

飛行機で11時間も座っていた後なので、

座っているのも 辛いのです・・・。

 

検査から約5時間が経った頃(19時5分)、

ついに PCR検査結果の発表がありました。

私達同じグループにいた人達 全員 陰性でした!

よかった~。

陰性証明書を受け取り、解散となりました。

Air20200607covid19
上写真:一人ひとり配られた 名前入りの陰性証明書(一部)

同じ飛行機に乗っていた他の方達はどうだったのか尋ねましたが、

自宅へ帰った人達の検査結果はまだ出ていないとのことでした。

 

そして!ついに!やっと!ホテルへ。

お部屋へ入れたのは、

飛行機が関西空港の到着して9時間後のことでした。(20時頃)

※何度も言いますが、陰性結果後のホテル代は 自腹です。

 

日本の水際対策、

到着後 2週間の健康観察が 始まりました。

到着時に提出していた携帯電話へ 

地元(私の場合は愛知県◎◎市)の保健所の担当者さんから

連絡がありました。

その後は 毎日メールにて

体温とその他の症状の有無を報告しました。

宿泊したホテルでも 健康観察があり、

朝と午後の 体温とその他の症状の有無の報告書を

毎日 提出していました。(用紙が2週間分 用意されていた)

 

宿泊していたホテルから空港へは歩いて行くことができ、

お部屋の掃除の時間に 健康維持の為のお散歩に出かけていました。

お散歩ついでに コンビニに立ち寄り 食料を買い込んだり・・・。

陰性者の健康観察の2週間は、決して監禁ではなく、

公共交通機関に乗らなければ 原則 自由とのことでした。

自由と言われても、

誰かに感染させてもいけない・・・、

誰かから感染したくない・・・。

人との接触は避けて、

ホテル滞在中は とにかく時差ボケを治すべく、

規則正しく健康的な日々を過ごそうと

努めていました。

 

6月後半、関西空港は閑散としていました。

Kix20200601
上写真:閑散とした関西空港、多くの出入り口は閉鎖されていました
集約した入り口には、消毒液とサーモグラフィがありました

お土産屋さん等は閉店、レストランも3分の2ほどはお休みでした。

照明を落とした ほとんど人のいない国際線ロビー(下写真)を

端から端まで歩きながら、

賑やかだった つい半年前までの様子を思い出し、

寂しい気持ちになりました。

国際線は ほぼ 欠航でした。

Kix20200602
上写真:薄暗く 人もいない国際線ロビー・・・

Kix20200603
上写真:半年前は大きなスーツケースを持つ人で混み合っていた国際線ロビー

Kix20200604
上写真:ホントに誰もいない国際線ロビー・・・
一日も早く飛行機が飛べる世界になりますように・・・

 

国内線のフロアは、私が滞在していた2週間の間に

だんだん利用者が増えていったイメージです。

国内線の飛行機も ほとんど欠航でしたが、

沖縄方面 等へ 飛び始めていたようでした。(6月末頃)

6月後半は コンビニですら 品揃えが少ない感じでしたが、

6月末~7月初め、飛行機を利用する人が増え始めると

品揃えも 通常に戻って行った印象でした。

 

無事 ホテルでの2週間が経ち、

いよいよ 恐る恐る? 日本の社会へ!

空港から新大阪まで乗った「はるか」は 空いていました。

私が乗った車両には 私しか乗っていなかったと思います。

ですが、まだ不安に思うところもありました。

車掌さんが切符拝見に来ました。

切符の種類によるのかもしれませんが、

従来のように切符を渡して、検札され返されるという方法。

※オランダ・ヨーロッパでは、
イタリアで感染が広がり始めた2月後半には、
電車内の手渡しでの検札は 感染対策の為 なくなりました。
(車掌さんにチケットを渡さずに見せて、スキャンのみして検札)
~とにかく人と人の接触の機会を減らす~

「はるか」を乗り変えた新大阪駅には 人が溢れていて

足がすくみ 戸惑いました。

ホームもエスカレーターも!

それでも コロナ前よりは人出は少ないのだと思いますが、

ソーシャルディスタンスのとられていない 普通の混雑。

全員がマスクをしている日本では、

そんな対策も必要ないのかもしれませんが・・・。

※例えば オランダでは、上りと下りが並んだエスカレーターは、
上り利用者と下り利用者のソーシャルディスタンスを保つため、
外側にだけ乗るような対策がされていました
前の人との間隔も1.5mあけるよう目印がありました
~マスクよりソーシャルディスタンスが重要という考え~

 

新大阪で「新幹線(のぞみ)」自由席に乗ると、

コロナ前の頃よりは空いてはいたものの、

やはり車内は普通?!でした。

間隔をとる為に 一部の席を封鎖しているなどの様子はなく、

乗車人数規制をしている様子もなく・・・。

恐る恐る3人席に座りました。

隣に座る人はおらず、一安心でしたが・・・。

京都からも たくさんの人が乗り込み、車内は混雑状態に。

しまった、調べてなかった・・・

新幹線の空調ってどういう仕組みなんだろう・・・。

想像していたより 新幹線が混んでいたのは 盲点でした。

 

京都駅から 私の隣の隣席に マスクをあごにした女性が・・・。

自由席の一席分の間隔って50-60センチほどですよね、

私はこの数か月間、こんなに人と近い距離で

過ごしたことがありませんでした(震)。

飲み物を持っていたので マスクをしていなくても

仕方がないと思いましたが、

結局 名古屋までマスクをすることなく・・・。

でも 飲み物を飲み続けていたわけでもなく、

飲み物はただの(言い訳の)道具だったのでは?

普段なら 自ら席を移動するとか、

”マスクをしてください”と声をかけることろですが、

新幹線という密封された空間内の、

しかも近距離で、

返事が返ってきても怖いし、

声をかけることもできず、

逃げ出すこともできず・・・(泣)。

怖い思いをしました~。

極度な緊張のため、ヘトヘト・・・。

この日の帰宅時の疲労感は 相当なものでした・・・。

「のぞみ」での経験は 悪夢のように脳裏に残り、

この2週間、ずっと心配でした。

そのため、実家に帰ってからも、

父とは 食事を一緒にすることなく、

あまり接近しないように 過ごしていました。

・・・そして今、やっと!

2週間が無事に過ぎました。

これで やっと安心です~~~(たぶん?)。

 

が、

日本は第2波に 飲み込まれようとしています。

2週間前、新大阪駅から 新幹線に乗って、

日本の、コロナ前とさほど変わらない

世界を見て 感じていた心配・・・。

あれから2週間、

予想していた状況(感染拡大)になってしまいました。

さらに、感染拡大中にも関わらず、

”Go to キャンペーン”までもがスタートし・・・。

日本は どこへ向かうの~?

やっと帰国を果たしたものの、心配は募るばかりです。

 

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2020/07/19

動き始めたアムステルダム と 帰国の決意?! 2020年6月

ここ数年間、3月から8月までに3回

日本とオランダを往復していました。

2020年が始まる時も

同様のケジュールで計画を立てていました。

そして ここ十数年間、8月前半の1週間 夏休みをとり、

ヨーロッパのどこかへ出かけていました。

それは 私にとって最大の楽しみでした。

「もうすぐ夏休み~!」

例年なら ちょうど今頃、

近づいてきた夏休みにウキウキしている・・・はず?

だったのですが・・・。

誰が予測できたでしょう・・・こんな2020年!

 

今回ブログは、特異だった2020年の帰国事情を

記憶として 思い出として?

書き留めておこうと思います。

Adam20200701air0517
上写真:2020年5月中頃のアムステルダムの空・・・
世界が変わる前、アムステルダム上空をあれほどたくさん飛んでいた飛行機、

ロックダウン中にはほぼ見かけることがなくなりました・・・
5月中頃、再び飛び始めた飛行機と飛行機雲、
空を見上げて ”世界はつながっている!”と安心感を抱きました

 

2020年1回目の帰国予定は3月中頃でした。

帰国する予定でスーツケースに荷物を詰め始め、

出発前日オンラインチェックインができる時間になり、

KLMのサイトにアクセスしたものの、

迷い悩み・・・また迷い・・・

急遽 帰国延期を決めました。

実のところ、帰国に対しての迷いや不安は ずっとありました。

帰国延期を決める直前までは、

ヨーロッパより早くから感染者が報告されていた

日本への帰国に不安を感じていた・・・というのが本当のところです。

ところが、急転直下!

帰国予定日が目前に迫ったある日、突然 情勢が逆転!?

ヨーロッパ各国(オランダも)の感染者が急増し、

ロックダウンに突入!

日本から”帰国者からの感染が増えている”というニュースが聞こえ始め・・・、

日本政府がEU各国に対して水際対策を始めると発表し・・・
(EUに対しては2020年3月19日0時~効力)、

EU・シェンゲンも域外からの渡航制限を始め・・・
(2020年3月16日~)。

未知のウイルスへの不安や恐怖、

これまで何より優先してきた仕事の

予定変更決断を迫られるプレッシャー。

息をするのも苦しくなるくらいの精神状態での

帰国延期の決断でした。

(結局 数か月間に渡り、お客様・仕事関係の皆様には
ご迷惑をおかけしてしまい 申し訳ありませんでした)

 

オランダ・EU情報
*2月27日 オランダ最初の感染者1名・・・
*3月11日 WHOパンデミック宣言
*3月12日 オランダ新規感染者数111名(合計614名・死者20名)
政府からの自宅勤務要請、100人以上の会合中止(博物館・劇場・スポーツ大会など含む)等
*3月15日 オランダ新規感染者数176名(合計1135名・死者5名)、 
オランダ政府 飲食業等休業要請発表(原則当日!3月15日18時~当初4月6日まで、
途中2度日程が見直され、結局5月31日までとなった)、
学校・託児所閉鎖、他たくさんの禁止事項や要請、
医療従事者、ソーシャルワーカー、公共交通機関、ライフライン従事者、農業関係等、
限られた人だけが活動を許されているような状況に
*3月16日 EU・シェンゲン域内への渡航制限 事実上のロックダウン
*オランダ新規感染者ピークは3月末~4月初め頃、
一日1000名を超える感染者が出ていた・・・

*4月11日 オランダ新規感染者数1316名(合計24413名・死者132名)
この日前後がピークでした!



3月中頃から 2か月半のロックダウンが始まり、
(オランダは、厳密にはある程度自由のあるインテリジェントロックダウン)

食料の買い出し、お散歩、大掃除、日光浴・・・?!

人々は(私も)命を守り、医療従事者の方々の負担にならないよう気を付け、

生きるための最低限の活動(しかできない)の日々となりました。

そして、オランダは一瞬にして世界が変わり、

観光客は皆無に、街の人々も家にこもり、ゴーストタウンに。

スーパー等では、

ソーシャルディスタンスや人と人との接触をなくすための様々なルールが

取り入れられるようになりました。

ロックダウンから6週間目に綴ったブログ・・・2020年4月26日ブログ 参照
ロックダウンから8週間目に綴ったブログ・・・2020年5月16日ブログ 参照

 

ロックダウンから約1か月半、

4月末頃からは徐々に新しい生活習慣のもと新しいルールのもと

ぼちぼち お店がオープンし始めました。

この頃、バイエンコルフ(デパート)も入場制限してオープン。

アムステルダムセントラム地区の小さなショップは、

一度に入店できる人数1人とか3人とか、

入店制限しながら営業していました。

私はまだまだ引きこもっており(夕方のお散歩だけ続けていた)、

すぐにバイエンコルフへ行く勇気はありませんでした。

Adam202007air020517
上写真:アムステルダムRokin(5月中頃)
Rondvaart運河クルーズ船も観光客をただ待つのみ

Adam202007air030519
上写真:アムステルダムDamrak(5月中頃)
中央駅の目の前、
観光客を待ちわびるRondvaartクルーズ船達

Adam202007air040519
上写真:アムステルダムBrouwergracht(5月中頃)
観光客がいないまま過ぎていく初夏、
夜8時頃の眩しい夕日!

 

しばらくは感染者数は 足踏み状態が続き、

そして徐々に減少に向かった5月。

ロックダウンから約2か月半、

待ちに待った 6月1日!

新たな生活習慣・ルールのもとで

多くの人々が活動を再開!

飲食業も 再オープンにこぎつけました!

(店内飲食は予約制、店内30名まで、テーブルの距離などのルール)

Adam202007air07m
上写真:6月、アムステルダムのレストランにあった
ソーシャルディスタンスをお願いするフロアマットと
手消毒用のディスペンサースタンド

どのお店にも同様のものが用意されています
バイエンコルフ(デパート)にも
ディスペンサースタンドはあちこちに設置されていました

Adam202007air050617
上写真:アムステルダム6月後半、カフェ(テラス)に人々が戻ってきました
オランダ全土からや、解禁となったEU各国からの早速の観光客らで
賑わっていました


カフェ等のテラス席で、ソーシャルディスタンスがとれない場合は、

屋外でも パネルを設置して営業しているところも多かったです。

Adam202007air060620
上写真:アムステルダム6月後半、運河沿いのカフェのテラス席、
テーブルの間にアクリルパネルが設置され、安心?!

 

オランダ・EU情報(すべて新しい生活習慣・ルールのもと)
*5月11日 オランダ小学校再開(半分の生徒数ずつなど新ルール)
*5月16日 オランダ中・高等学校(〃)


*6月1日 オランダ飲食業再開(30名まで、店内は予約制、テーブルの距離など)、
オランダ公共交通機関マスク着用義務
*6月1日 オランダ新規感染者数103名(合計46545名・死者6名)
*6月15日 EU・シェンゲン域内移動一部許可
*6月15日 オランダ新規感染者数165名(合計48948名・死者6名)
*6月30日 オランダ新規感染者数57名(合計50273名・死者6名)

*7月1日 オランダ飲食業・文化施設・会合等100名まで可能
*7月1日 EU・シェンゲン域外からの入域許可(7/1時点14か国)

*9月1日 オランダ スポーツ・大規模イベント許可???
(すべて 状況により見直しあり)

*感染者数はオランダ国立公衆衛生環境研究所など参照

 

EU・シェンゲン域内の移動が緩和された6月中頃、

日本でも都道府県間の移動自粛要請が緩和されたタイミングで

帰国を決意。

このタイミングを逃すと、

ヨーロッパもオランダも、そして日本も

人が移動・活動を始めて起こるだろう 第2波が心配だったり、

ヨーロッパ内の移動が可能になったため

ヨーロッパ中の日本への帰国者が

押し寄せるタイミングかも?急がなきゃ・・・、
(空いているうちに移動したい)

ということで、

6月中頃 帰国するための具体的な情報収集を 急遽 始めました。

 

難関は日本政府の水際対策でした。

帰国した人たちのブログなどで見聞きした情報では
(3月後半や4月のことかな、その後解消されてきていると思いますが・・・)

空港でPCR検査を受けるまでに何時間も、

しかも”密”状態で待たされる・・・。

PCR検査の結果が出るまで数日かかる・・・、

それまで空港のロビーのイスで待ったり、

段ボールベッドで寝ることになったり・・・等。

”帰国者バッシング”があるのは承知していますが、

帰国者は犯罪者ですか~?

帰国者の人権は無視ですか~?

私はヨーロッパ・オランダでのことしか経験していませんが、

おそらく海外で暮らす日本の人達は、

中国での流行がニュースになり始めた時から、

アジア人バッシングのため、

多少なりとも肩身の狭い思いをし、

誰よりも 健康に気を付けて
(当時は咳をしたり マスクをすると 差別を受けそうな雰囲気があった)、

誰よりも 感染しないよう 慎重に過ごしていたはずなのに・・・。

一括りで ”帰国者”と呼ばれ、

こんな扱いを受けるなんて・・・。

ホント理不尽で 悲しくなります。

このような状況が改善されない間は、

自分の国でありながら 帰国したくない!と思っていました。

それでも いつかは帰国しなくてはならず・・・。

水際対策が始まって数か月も経つ6月後半、

さすがにシステムも整っているかもしれない・・・と期待し、

覚悟を決めました。

 

PCR検査で陰性だった場合も、

政府の水際対策により 2週間は 公共交通機関が使えません。

家族・友人に 空港まで迎えに来てもらう方法や、

レンタカー・ハイヤーで帰宅する方法等がありますが、

私は実家も遠く、時差ボケもあってレンタカーも厳しいため、

ホテルで過ごすことに決めていました。

関空そばのホテルに問い合わせると、

陰性だった場合の帰国者の宿泊を受け付けているとのこと。
(もちろん自腹です!)

また宿泊中は お部屋に監禁ではなく、

公共交通機関を利用しなければ、

買い出し・散歩などは可能で

普通に過ごせるという情報を得ることができ、

ホテルを予約。

当初の予定から3回延期してきた航空券でしたが、

ついに、いよいよ、私も前に進みます!

チェックインを果たしました。

 

ブログは次回に続きます・・・。

 

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2020/07/12

17世紀の美しい絵画たち・・・マウリッツハイス美術館Mauritshuis

2020年3月半ば、突然ロックダウンとなったEU各国。

突然日常を奪われ、見えない敵に 震えて過ごした数か月・・・。

みんな頑張りました!

そして、2020年7月1日 あらたな段階へ。

いよいよ EU・シェンゲン域外からの渡航者の入国制限措置が解除されました。

(2020年7月初め時点では日本を含む14か国が対象)

新型肺炎COVID-19によるロックダウン前から、

オーバーツーリズム問題を抱えていたアムステルダムは、

今回のロックダウンを機に、

アムステルダム市民が暮らしやすい

新しいアムステルダム作りに向け 舵を切り始めました。

 

今回ブログは前回の続き(2020年6月29日ブログ参照)、

世界が変わる数週間前に訪れた

オランダ デン・ハーグの美術館についてです。

Maurits20200220

マウリッツハイス美術館Mauritshuis

フェルメール『真珠の耳飾りの少女』のある美術館。

Maurits20200221

 絵画はもちろんのこと、

インテリアも雰囲気も とっても素敵、とっても好み!

近ければ毎週でも通いたい・・・

そんな風に思える素敵な美術館でした。

Maurits20200222
マウリッツハイス美術館(上写真中央)

 

誰もが知る有名どころの絵画は前回ご紹介しましたので、

今回はそれ以外で心に残る素敵な絵画をご紹介します。

スマホの、しかも縮小した写真では その美しさと迫力が伝わりませんが、

Level1 Room2 にあったこの絵画(下)、

最初から心をつかまれました!

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上写真:Jan Brueghel I & Paul Rubens
ヤン・ブリューゲル(父)と ルーベンス
『アダムとイブの墜落 地上の楽園 The Garden of Eden with the fall of Man(1615)』

なんと、ビッグネームの共作!

アダムとイブをルーベンスが、景色・動植物をブリューゲルが描いたそう。

アダムとイブ、鳥や動物達が生々しくリアルで・・・、

絵画の世界観に 惹き込まれました。

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上写真:Willem Van Haecht
『Apelles Painting Campaspe (1630)』

これ絵画なの?・・・と目を疑うほど!

時空を超え 想像の膨らむ 印象的な絵画でした。

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上写真:Hendrick Avercamp
『氷上の遊び Ice Scene(1610)』

最近は見られなくなりつつありますが・・・オランダらしい風景。

このまま地球温暖化が続くと、

こんな風景は ”絵画の中だけのもの”・・・になってしまうかも?!

 

そして私が一番好きだったコーナー!

写真ではその迫力・美しさ・世界観が伝わりませんが・・・

この3枚の”並び”、最強でした!!(下写真)

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上写真右:Peter Paul Rubens ルーベンス
『聖母被昇天(下絵)
'Modello' for the Assumption of the Virgin(1622-1625)』

上写真左:Jan Brueghel I & Hendrik Van Balen
ヤン・ブリューゲル(父)と ヘンドリック・ファン・バーレン
『四季の精から贈り物を受け取るケレスと、それを取り巻く果実の花輪
Garland of Cybele(1620-1622)』

どちらも強烈に胸に刻まれました。

私ってこういうスタイルが好きだったんだ・・・と

気付かされた瞬間でした。

ルーベンスの『聖母被昇天(下絵)』は

「フランダースの犬」で有名なアントワープのノートルダム大聖堂にある

『聖母被昇天』の下絵だそう・・・!

 

オランダといえばお花!

17世紀のお花の静物画も何点もありました(その一部です)。

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上写真右:Willem Van Aelst
『Flower still Life with a Timepiece(1663)』

上写真左:Jan Davidsz de heem
『Vase of Flowers(1670)』

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上写真右:Jacob de Gheyn II
『Flowers in a Glass Flask(1612)』

 

さすがに17世紀に これだけ立派なお花を飾ることができたのは、

一般の人々ではなく 貴族やお金持ちの方々等

限られた人々だったのではと思いますが・・・。

いつもお花が身近にある オランダでの暮らしの中で、

下を向いたり、散りかけたり、枯れていく姿 等、

お花は ”ありのままの姿” が美しい・・・と思うようになりました。

現代のオランダの人々の家庭にも

ありのままの姿で 季節の花々が飾られています。

どんなに品種改良されても、

お花は 今も昔も 同じように美しく、

人々を魅了し、癒し、生活を豊かにしてくれますね。

 

この日は常設のLevel1とLevel2のみ鑑賞し、

(企画展もありました)

館内にあるカフェで休憩(美術館の外からも入れるようです)、

ミュージアムショップを眺め、

そしてまた時間が許す限り、

Level1の お気に入りのコーナーの絵画等を再度 鑑賞。

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そして最後にもう一度 Level2 Room15 へ。

フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』を目に焼き付け・・・。

後ろ髪をひかれつつ

マウリッツハイス美術館を後にしました。

 

オランダに住み、もう随分長くなってきましたが、

やっと訪れることができた美術館・・・。

もっと早く訪れるべきでした。

Maurits20200223
上写真:ホフ池Hofvijver越しに、
国会議事堂ビネンホフとマウリッツハイス美術館
クラシカルな町並みと背後の高層ビル群が
なんだか不思議なデン・ハーグの風景

 

また訪れたいマウリッツハイス美術館!

何度でも、必ず、絶対!

 

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