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« コンセプトガーデン『Vintage』 昭和の香り?!  Keukenhof2016 | トップページ | コンセプトガーデン『GoldenAge』 あの時代に思いを馳せて・・・  Keukenhof2016 »

2016/06/27

187日・・・

毎年、空を眺めることを楽しみにしている夏至の日。

6月、アムステルダムは最高の季節。

この頃 オランダの日の入り時間は 22時より遅く、23時過ぎまで 暗くなることはありません。

運河沿いの街路樹の緑は濃く、家々の窓辺に飾られるお花や運河にかかる橋のプランターから色とりどりのお花が咲き溢れ、運河の水面に太陽の光が反射し、アムステルダム中 キラキラです!


Dscf9383そんな夏至の・・・

今年2016年6月21日は 忘れる事のできない一日となりました。

梅雨の日本、土砂ぶりの雨で始まったこの日、母を送りました・・・。

お葬儀が始まる頃には雨も上がり、骨上げを済ますと、朝の大雨が嘘のように 眩しいほどの青空が広がっていました。

半年間の闘病の辛さ苦しみから解き放たれ、母も晴れやかな気持ちになれたのでは・・・そんな風に想わせてくれる青空でした。


思い返してみれば・・・

2015年11月末、(当時持病と思っていた)症状で 救急搬送されたことが始まりでした。

その時は、病院に到着後 症状はなくなったので、帰宅が許されました。

しかし、その時担当してくれたお医者さんが 様々な検査結果をみて、 気になる点があると、帰宅前に 再CT検査。

数日後、再検査の結果 さらに気になる点があると、お医者さんからの呼び出しを受け、再々検査へ。

そして忘れもしない12月14日・・・

検査結果を聞きに出かけた 母と父が 家に戻ると・・・深刻な表情。

母も父も私も、誰一人 予期しなかった結果・・・。

それは・・・”余命宣告”でした。

【すい臓がん・末期、余命3~4カ月】


あの日から半年、できる限り 母や家族の前では平然を装っていましたが、涙が流れない日はありませんでした。

あの日から 私も父も たぶん母も、食欲はなくなり、夜は眠れなくなりました。

仕事をしていても、食事をしていても、庭を歩いていても、ただお花を見ているだけでも・・・涙が勝手に流れました。

おそらく母も父も、表向きには気を強く持って過ごし、陰では泣いて過ごした半年間だったと思います。

家族みんな想いは同じなのに、精神的にはギリギリの状態で 何度もぶつかったり・・・。


母は74歳(余命宣告時は73歳)。

東京・浅草生まれの母は、東京大空襲で大やけどを負い、不自由は全くありませんでしたが、手・腕・足には 戦争の記憶を今に伝えるかのように やけどの跡が 残っていました。

若い頃には結核を、30年程前には胃がんで胃を摘出、数年前には腎臓血栓・・・。

我が家では太陽のような存在でしたが、身体はボロボロで、これまで病気を一人で背負い、それでも 元気に健康に幸せに 生きてきました。

多少 調子が悪くても、歳相応の衰えだったり、持病のようになっていた 昔の胃がんの後遺症的症状だと思っていました。

そんな母に、神様が最後に与えた試練が すい臓がん。

しかも”末期”で 手の施しようがなく、余命宣告。

なんて残酷なんでしょう。

神様を恨みました。


この半年間、母の身の上に、我が家族の身の上に 下された この結末の意味を 考え続けました。

人はいつか死ぬ・・・そんなことは百も承知。

本人へ ガンの末期であることは告げても、せめて余命宣告は して欲しくなかったです。

(本人の希望で病気も余命も告げられました)

余命宣告さえなければ・・・、悲しさ・辛さはあったとはいえ、半年間を違う気持ちで過ごせたのではないかと思えてなりません。

この半年間、すい臓ガンが進行するとともに、様々な症状が現れ、その場をしのぎつつ治療して切り抜け、一時は入院もしましたが復帰、一時は肺炎にもかかりましたが乗り越えました。

ゴールデンウィークが明ける頃から、徐々に普通に食べられなくなり(食べ物を選んで食べることはできました)、徐々にしんどくなり、痛みが襲うようになり、動けなくなり・・・。

亡くなる2週間半前、ついに入院。

もう家に帰ることができないと分かっていながらの入院決意が、どれだけ辛かったかと思うと 今でも涙がこぼれます。


そして余命宣告を受けてから 187日目の夜、容態急変。

意識不明のような状態になって 1時間あまりで逝ってしまいました。

その直前まで話もできたし、辛い痛みの中にも 意識もはっきりしていたようだったのに・・・。

187日間 恐れていたその瞬間は、突然に あっという間に 襲い掛かり、通り過ぎていきました。

言葉にできない悲しみはありますが、母の苦しむ時間が短かったことが せめてもの救いです。

と同時に、私自身も家族も 母が苦しむ姿を長くみなくてよかった・・・というのも本音です。

悲しみの中、”終わっちゃった・・・” そんな言葉が 頭をグルグルめぐっていました。

母の命が終わっちゃった・・・

母を看てあげられる時間が終わっちゃった・・・

病気との闘いが終わった・・・

母と私達家族が恐れていた 死への恐怖が終わった・・・ ・・・ ・・・

逝ってしまった時の悲しさは、余命宣告を受けてから187日間の辛さ悲しさとは また少し違うものでした。

母がこれ以上 痛い思いをしなくていい・・・、死の恐怖に襲われることもない・・・そう思うと、辛さから解放され、悲しみの中にも 穏やかに”死”を受け止められる気持ちがあるような気がしました。


オランダに住むと決めた時から、両親とのお別れには 間に合わないかもしれない覚悟は いつもありました。

余命宣告を受けたことにより、最後の約2カ月半を帰国して家で家族と過ごし、最後は病院で看ることができました。

我がまま気ままに生きてきた私の (今さら遅いけど)唯一の親孝行になったかな。

187日間 問い続けた”余命宣告”。

そして考えた”緩和ケア”のことや、(オランダで合法の)”安楽死”のことなど。

考えても考えても答えは出ず、何が正しくて間違いなのか分からず、ただただ暗いトンネルの中にいるような 187日でした。

病気からたくさんのことを学び、母からたくさんのことを得ました。

そんな中で・・・これは母からのご褒美かな?

この半年間で 体重が最大7キロ減りました!!(見た目は変わりませんが・・・汗)

この187日間のことは 今はあまり思い出したくありませんが、体重だけはなんとかキープしていきたいと思います!?

昨日と変わらない今日、今日と変わらない平穏な明日が、皆様にもずっと続きますように・・・。

また、病気で苦しんでいる方には、一つでも信じられる答えが見つかりますように・・・。

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コメント

おぐら様、ありがとうございます。

お母様の御冥福をお祈りします。
心強く持ってくださいね。

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